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米津玄師は3回生まれ変わった

 

 

本当に?

 

 

音楽の理論も経験も乏しいので、アーティストの批評をした瞬間怖いインターネットに「あっこいつ浅いな......」などと殴られそうだけど、音楽に詳しい人がよく使う表現で表すなら『米津玄師は天才』だ。むしろこのシーンで奴に追随する才能を持ったアーティストが居ないのか、ロッキンオンジャパンもムジカも、奴のことをこぞって天才と、そう呼んでいる気がする。

私個人から見ればに奴は間違いなく天才で、圧倒的に天才。二郎とセイクで優勝より優勝だ。完全に時代を喰ってる。あと馬鹿と天才は紙一重という慣用句があるが、奴のMCがめちゃくちゃ馬鹿っぽかったのでやはり天才なのだろう。

 

だが奴の音楽遍歴を辿っていく途中で幾つか「ン...??ンン...?」となる箇所がある。(あッやっべ上から批評するとまた殴られてしまう)箇所があるように思われる。今回はそれを振り返っていきたいと思う

 

1,メジャーと米津の、違和感

【diorama期~サンタマリア】

 

学生の時分友人に「マジでヤベぇ奴が出てきた」とのことで、ニコニコで初めてゴーゴー幽霊船を聴いた時、私も「マジでヤベぇ奴が出てきた」という状態になった。いや憶えてない。当時奴は21歳、(あのパンダヒーローをリリースしたのは18歳時)その後急いでCD屋に行った。多分憶えてる。

そして奴の曲のジャンルが本当に分からなかった。当時ウィキペディアで奴の来歴を調べ、影響を受けたアーティストにバンプやラッドアジカンを挙げてるのを見て「どこに影響が残ってるんだよ。」ってなった。洋楽にルーツが存在するとしたら是非誰か教えて欲しいです。

 

というハチ時代、diorama期から2013年のメジャーデビューシングル「サンタマリア」からまず奴の音楽の形が変わる。というか一度死ぬ。

 

初見時、まず「なんか面白くないな??」ってなった。多分それは奴の不協和音の使い方に完全に慣れていて、サンタマリアの不協和音の少なさ、ピアノの清浄さに違和感を感じたんだと思う。後の2ndアルバム「YANKEE」の中で通すとそこまで違和感を覚えないのは「YANKEE」が明確なギターサウンドと電子音を取り入れたハチ時代を彷彿とさせる曲をやんわりバランスよく取り入れているからだと思う。だからdioramaの続きで「サンタマリア」を聴いた時の多少の落胆(メジャーに行って媚び売りやがっておいMVで顔出してんなおい)は当時周りの反応としてもあった。だが奴が天才なのは、先にも述べたが新たに生まれ変わった「YANKEEE」でdioramaのエッセンス、メジャーで求められていたエッセンスを絶妙に取り入れて、自分自身を天才と称される位置にまで持っていったことだと思う、多分奴はこれを計算してやっていない。それが怖い。

 

2,日和ったと思わせて後への布石となる展開

 

【flowerwall~アンビリーバーズ】

 

これはマジで怒ってた。勝手な思い込みで「YANKEE」でやってたことはあくまでメジャーでの実験的なことであって、すぐまたあの不協和音ブルブルでテレキャスがキュオーンなサウンドに回帰すると信じてたからだ。「flowerwall」では、より地に足が着いたようなメロディになって、歌詞も(よく分からないけど)文学的だともて囃されていたものではなく、ずっと分かりやすくて完結生のあるものになった。この時期にバンプとかラッドの影響を受けていますと言われればああ~~そうですねとなると思う。だが半年ぶりの米津玄師新曲、CMタイアップという話題性に加え、奴が積極的にライブや夏フェスを回り出したのもこの頃で、新規のフォロワー、雑に区別するならハチやdiorama期の楽曲を知らない人たちも奴の音楽を知るきっかけになっていった。あとライブで「flowerwall」の前半の歌詞ド忘れしてずっと棒立ちで立ってたの忘れないからな、私は根に持ってるからな。

そして同年の2015年「アンビリーバーズ」、この頃の巷は猫も杓子もEDM、お約束の三代目Jなんとかブラザーズから果てはバンプまでEDMに手を出し続け、奴もEDMの要素を取り入れた「アンビリーバーズ」を発表した。もちろん今までのボカロも広義のEDMだ。ここでのEDMはエレクトロでダンスするミュージックのことよ。

 

 

これはマジで怒ってた(これはマジで)

「flowerwall」から拍車がかかったようにやおい展開、わっかりやすいサビ、Cメロの俗っぽさなど、「ファンモンの新曲です!」って言われて渡されてもきっと分からなかった。いや、ファンモン知らんけど。とにかくこの曲に対しての反応が新規フォロワーにとっては"ポップソングの騎手、米津玄師のネクストステージ"だったのだが、古参のファンの間では相当な物議が醸されていた。当時のyoutubeのコメント欄やtwitterのタイムラインは酷かった、本当に。

そう、ここで米津玄師は二回目の死を遂げる。今思うと、この転換期は奴自身が過去の陰鬱な側面と決別するために、敢えて本格的なポップを作ろうとしていた時期だったのかもしれない。

 

余談だが、「アンビリーバーズ」の歌詞、古参の立場から捉えると相当な皮肉というか、感じるものがあるな。

 

テールライトに導かれて 僕らは歩いたハイウェイの上を
気がつけば背負わされていた 重たい荷物を捨てられずに

 

誰のせいにもできないんだ 終わりにしようよ後悔の歌は
遠くで光る街明かりに さよならをして前を向こう

 

(重たい荷物とは、我々の期待なのか?)

 

(遠くで光る街明かりとはボカロ時代の名声?)

 

 

 

そして一ヶ月後に3rdアルバム「Bremen」がリリース、この頃は本当に奴の才能が枯れてしまったのでは...?と思い込んでいて、まともに聴いてなかった。世間的に言うと、この頃から奴が天才と称され、稀代のカリスマとなったように思われる。なのでこの時に米津玄師は一度完全にボカロという古巣、内省的なセンスを捨て去り、J-POP界に憤然と殴り込めるレベルのアーティストとして生まれ変わったのだ。そしてこの転換が後への壮大な布石となったのだ。

 

 

3,完璧な伏線回収。やはり天才

【LOSER/ナンバーナイン期~これから】 

 

世間とルーブル美術館は米津玄師に甘い。

というわけであのルーブル美術館とタイアップ、いやいやお前のどの部分がLOSERなんだよと言いたくなるが私も2週間前にyoutubeに載ったばかりの新曲「LOSER」を恐る恐る聴いたのだ。

 

 

うわっなんだこれ!?ポップで腹たつのに全然惹き込まれる!!??

 

という初見の感想、だが繰り返して聴くとこれが絶妙にポップに振り切れてない。まず歌詞。このなんとも懐かしい卑屈さよ。なんか髪が長いボーカルが髪が長いことを歌詞にして歌うの、新鮮で面白いよね。イントロで続きが聴きたいと思わせる工夫、間の取り方の上手さよ。とにかく「喧嘩して出て行ったと思ったら、唐突にコンビニでアイス買って帰って来た彼女」みたいな唐突な懐かしみがあった。なんだこの例えは。

 

そしてyoutubeで新曲を聴いた人には是非CDの方も買って欲しいんだけど、3曲目がマジのマジでいい。本当にマジでいい。「笛吹けども踊らず」「鳥にでもなりたい」という2曲があって、奴の今までのシングルCDでしか聴けない曲なんだけど、「米津玄師を煮込んだ出汁の1番良いところだけを濾し取った」ような曲なんですよ、上に挙げた2曲と新しい3曲目は。本当にすごい曲なので聴いてください。あとシングルの3曲目が好きって言うと「あッこの人分かってる」って思われます。

 

話が若干それたけど、今回の「LOSER/ナンバーナイン」で米津玄師はまた死んだ。というか一度捨てた過去のものたちを拾い集めてめちゃくちゃ強化して帰ってきたというべきか。そして次のアルバムで確実に進化して生まれ変わるだろう。私個人の予想だと次のアルバムが今までで1番いいものになると思う。この死んでは必ず生き返ってきやがる米津玄師がめちゃくちゃ面白いので私は奴がめちゃくちゃ好きです。

 

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