テレビのジョン

 仕事は終電近くまで続いた。そして2010年9月27日付け最後の列車も逃してしまった。俺は妻に今夜はタクシーで帰ることをメールして、くたくたになった体を上野駅3番ホームのベンチに沈めた。

 向かいのホームで昔聞いていたような歌を、歌っている若者がいた。ギターを必死になって抱えて。なんだか自分のことのような歌詞だった。

「   ーー人間という仕事を、クビになって、どれくらいだ」

 

 俺がまだ学生だった頃、サラリーマンがただただ不気味だった。奴らの感情のない目が、脂汗でてらてら光る額が、朝の電車に詰め込まれていくその集団が不気味だった。

 そんなものは人間じゃないと、思っていた。朝7時に家を出て夜の11時にへとへとになって戻ってくる。それが当然であるという認識についていけなかった。俺は甘えた人間だと、そう烙印を押された。就職活動はうまくいかなかった。今まで見下していた周りの連中がどんどんと有名な会社に内定を貰っていった。俺も知らない会社に就職した。結局次の年の春からは同じ目をして列車に揺られていた。俺は甘えていたらしい。酒をよく飲むようになったのはその頃からだ。

 

 のろのろとベンチから腰を上げて、改札へ向かう。週末の構内は誰かれが捨てた色々なゴミが目立った。誰かが残していった吐瀉物があった。地面に広がるそれを、ただ1人だけの清掃員が掃除していた。ふと顔が上がり、目が合う。深く刻まれた皺の窪みのような目だった。その清掃員は、ちょうど俺の母親くらいの年齢の老婆だった。老婆は俺と目が合うと、弱々しく笑って、少し頭を下げた。つられて俺も会釈をする。

「遅うまでお勤めご苦労様です。」

「え、いやあ。   ーーそちらもご苦労様です。」

 俺より年上の老婆に敬語で話しかけられて俺は、いたたまれなくなった。田舎の母親の顔が浮かんだ。こんな遅い時間に、こんなに老いた老婆が働かなければならないような何か事象が、あるのだろうか。老婆は酔っ払いにどやされていた。老婆は、いや彼女はへりくだって、すみません。すみません。と頭を下げていた。よく見ると、彼女は腰を痛めているようで、姿勢を低くするたびに苦しそうな表情が一瞬皺だらけの顔に浮かんでいた。なんとも言えなく、彼女の事が不憫に思えた。

「あの、その掃除、手伝いましょうか?」

 俺はたまらなくなって声をかけた。目の前で実の母親が焼かれているような苦しみだったから。

「いえいえ、私がやりますよ。お兄さんにこんな汚い仕事をやらせるなんてね。早く帰りんさいよ。明日も早いんじゃろ?」

と、彼女は笑った。無理をしている風には見えなかった。彼女にも、俺みたいな息子がいるのだろうか。その時、1時を知らせるチャイムがどこかで鳴った。上野駅の入り口には。役割を終えて死んだ蝉がたくさん、たくさん落ちていた。

 

「仕事。」と呟いてみた。あの老婆はこれからどうなるのだろう。なんだか俺は子供の頃に帰りたくなった。その頃よく見ていたアニメを思い出した。

 

 

「テレビの、ジョン。」