読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

エロ画像BOTじゃないです

誰に腹を立てているのかというと、自分の価値観を私にブン投げてくる奴らのことだ。

 

 

私は怒っている。

 

人を見た目で判断するのは間違いだけど、見た目で判断されるナリをしてるのも悪いという風潮、蔓延ってないですか。

 

んなの子は誤解されがちだ。いや、ほとんどの人に誤解されているに違いない。エロ画像BOTだと。確かにそうかもしれない。フォロワーの70%でもそう思っているならこれはもうただのエロ画像BOTで仕方ないかもしれない。だけど運営してる側からすれば、ツイッターに蔓延する有象無象のエロいBOTのなりそこないみたいなアカウントの一翼を担っている気は毛頭ない。そもそもんなの子はエロ画像だけを掲載しているか?それは新着数件のツイートをなぞっただけの意見ではないのか?これはんなの子なんだよ。そもそもBOTと定義されるものですらないんだ。んなの子なんだ。それでまだ喚く奴はリムーブしてくれ。二度と見ないで欲しい。

いや、これくらいの誤解ならまだ理解できるんだ。私が遺憾の念を表したいのはだ

 

怒っている。そもそも何故かエロい画像を貼ること=卑しい人間がする行為

という認識が一定数の人間が持っている概念らしく、だったらブロックするなりで見なければいいものをわざわざ引用ツイートやDMで"お叱りの言葉"を送ってくる心の温かい方々がいる。言わせてくれ、二度と見ないでくれ。あとわざわざそれをあたかも私が悪者のように仕立て上げ"僕はこういう卑しいコンテンツには興味がないんですよ"というツイートを発信することで自分は高等な人種だなどというゴミみたいな体裁を保とうとする人間もいる。卑しいのはこちらの台詞で、お前らの汚ねえ自慰に私を巻き込まないでくれ。汚ねえ自意識をしまえ。去勢しろ。

エロが卑しいというのは完全に間違っている。卑しいのはそう思う人の心だと私は思う、99%の人間がんなの子を支持するなら私はそういう意見達を今後も定期的に殺していきたい。

 

センター現文で満点を取る方法

f:id:nayuttttttt:20161102192928p:image

某予備校の回し者ではない。

 

高校時代、私が通ってたのはド田舎のショボい進学校だったんだけど、マジで勉強するという行為が大嫌いだったから案の定落ちぶれて国立大進学を諦め、でも国語の偏差値だけは65を切ったことがなく、模試でも満点を叩き出すような、それだけが取り柄の学生だった。その甲斐もあってか、自分の中で問題に取り組む際のセオリーが高校時代に見つけたので、図々しくも私がお前たちに今日から使えるテクニックを伝授していきたいと思う。

 

まずはセンター現文の特徴を抑えておこう。

 

現文はボーナスステージ

例年通りならセンター初日の1時間目、受験生が1番緊張する瞬間に国語と対峙することになる。制限時間は80分、これを現文古文漢文で平等に分けるなら現代文で使える時間は40分だ。更に評論文で20分、小説で20分といったところか。今回は現文のみの焦点を当てるので古文漢文は無視とするが、敢えて言うなら漢文は満点を取らなければいけない教科だ。古文は年に左右される運ゲー以上。死ぬ気で点を掴んでいけ。

 

話は現文に戻る。その決して長いと言えない40分をやりくりして問題をほぐしていくわけだが、システムの問題。センター試験、マーク式である。つまり4~6択の解答候補から正解をマークしていくテストなのだが、まあこのシステムのナンセンスなこと。本来小学校で教わる国語の本旨とはなんだっただろうか?択から正解を選ぶ?間違った意見を潰す?ノーノー。本来現文、こと小説においては解答者の自由な発想が求められる教科。そもそも択を作って間違えを探し当てる行為を行う時点でこのテストはテストですらないのだ。では何か?そう、前述の通りセンターの現文はただの間違え探しだ。その気になれば100点満点など造作もないボーナスステージなのだ。新聞の欄外にあるのと同じ。小学生でもできる。では何故そんな稚拙な行為が大学入試で行われているのか?答えは明瞭、そのシステムにすら気付けず出鼻をくじかれる者が圧倒的に多いからである。作者の心情?情景の隠喩?そんなものはセンターに於いてはクソ程の役にも立たない。設問者が問いたいのは、何が・どのくらい・どの場面で、不適切な回答をしているのか。それだけだ。それではこの不毛な問題群から正解を導き出す正しい思考法のコーナーへ進もう。

 

思考を放棄する

諦めではない。つまりは自分の意見を持つな。ということ。これがセンター現文に於いて「最重要項目」だと思う。絶対、考えながら読んではいけない。考えた瞬間に正解に至る確率が激減する。上記の通り、センター現文は自分の思考が試される試験ではない。求められているのは文章の流れを掴むこと。例えるなら問題を解く途中のあなたは船頭だ。川の流れを把握しながら次のページへ素早く、舵を切る。間違っても流れに逆らってみたり、途中で止まってみたりしないのだ。先入観を捨てろ。文章をとりあえずは全て無感情で頭に詰め込め。それができたら、次のステージだ。

 

本文は一旦全て読め

センター試験、時間の配分については先程述べた。(個人的な理想は評論15、小説10、古文30、漢文25だが。)とりあえず評論と小説に20分ずつ使うとして、問題になってくるのが本文を読むスピード。私はここはしっかり時間をかけていいと思う。いや、15分でもいい、使うべきだ。センター現文が間違え探しならば、本文はさしずめお題の絵。お題の細部までしっかりチェックして設問に移るべきだ。段落ごとに切りながら設問に進む方法はお薦めできない。

 

 

本文を汚すな

よく学校や予備校教師が使う常套句に「本文をペンでしっかり汚せ!」というものがある。私は一切それをしない。するとしたら「だが・つまり」などの接続部を強調するくらい。まずペンを使うという行為が理解できない。センター本番に色ペンなど持ち込めない。何色も使い分けて丁寧に本文を塗り込む人がよくいるが、それは自己満足では?と高校時代ずっと思っていた。そして見よう見まねで本番を汚した結果、先述したように自分の先入観に縛られて誤りの回答を選ぶことになる。

 

5択はまず4択、そして2択に持ち込め

本文を無心でしっかり読み込み、さあ問題文だ。ここであなたは5択の選択を迫られる。適当に選んでも正解率は20%、これを100%の正解に昇華させるにはどうすればいいか?ここには一定のパターンがある。それは問題演習などで慣れるしかないが、まず本文を一回見ただけで誤りとみなせる択がひとつ、しかし必ず入っている。例えば「必ず・決して」という極端な文末表現がなされている択や、一般的な世界の常識から外れていたり、本文のどこの箇所にも書いていない部分が当たる。これを必ず消去すること。これであなたの手元に残ったのは4択、正解率が25%に上がった。5%しか変わってねえ。

次にその4択を2択に絞る。ここでもう1度本文に戻ってもいいだろう。ここの2択に含まれている間違いというのは、先程述べた、思考を放棄して本文に取り組めば簡単に気付ける2択だ。つまりここで先の戦術が活きてくるわけだ。具体的に言えば、本文をわざと難しい言い回しで言い換えた選択肢は、どこかに言い過ぎていたり、飛躍している箇所に間違いが隠れている。それを死ぬ気で引き摺り出せ。ここでやっと50%、ここからがあなたの真価が問われるところである。死ぬ気でついて来い、死なないから。

 

 

正解率50%の運ゲークソゲーに昇華させる1番大切な工程

センターの怖さ、それは完全に見当外れな解答でも、ニアミスでも、等しく均等に0点であることだ。こと現文は1問の配点が驚異の8点。気が狂ってる。20%で当てても、50%で外しても、得点で勝つのは前者。センターはクソ。

そう愚痴ばかりいってても仕方がない。この2択を当てることを考えよう。最後に残るのは、きっとどちらも非常に似通ってて、当たり障りのないやんわりとした文章であろう。その時どこをみるか。そうだ、今しかない。放棄していた思考を取り戻すしかないのだ。

自分の脳で考えるっていうのは結構怖い。いかに普段からドップリ大衆に浸かっているか。脳が常識に囚われている方が勝ちだ。ここで脳をフルに回転させて一字一句、2択を読む。そして一つずつ本文と照らし合わせる。どちらもそれっぽいことを言っているだろう。それが設問者の狙いだ。あなたはここで初めて「間違い探し」ではなく「正解探し」をやる。まず設問をいくつかのパーツに分けるそしてそれぞれ本文と照合し、合っている部分に丸をつけていく。その合計が多い方の択が正解である。最後の最後であなたの思考を問う。センター試験、粋である。

 

現文の鬼門は1問目

この理論で私は大体満点を取ってきた。だが最大の障壁が一つあった。それが1問目だ。そう、漢字と語彙選択問題。これがマジで鬼門。年によって明らかに点数調整を狙った難問に出会った時が最後、一気に運ゲーに持ち込まれる。個人的に8点を落とすより3点を落とす方が屈辱であった。

 

 

 

以上である。つらつらと言いたいことだけ言わせて貰ったが、個人的には国語は嫌いにならないで、1年間我慢して向き合ってほしい。本質的な文学というのは、点数で測られるものでは決してない。のびのびと、向き合いたいときに向き合える、そういうものだと思っている。日本人の美しい文学作品は世界に誇れるものだ。間違いない。是非、単純な話だが、これくらい満点取ってこい!

 

 

 

このまま眠り続けて死ぬ

「冬は、死ぬ」といった表現が美しい。

「春は、犯される」のが正しい。

 

「夏は、 ー」眠る前にそんなことを考えたせいで、そんなことのせいで寝られなくなってしまったじゃないか。

「外は寒い。きっと外は寒いから。」ベッドから降り、おろしたてのコートを羽織り、ブーツの紐をきつめに結んだあと、玄関から出た。玄関から出た。

 

夏について、今までずっと考えてきた。夏について、今までずっと書いてきた。

急に冷えた外気がつらい。やっぱり夏の方が、好きだ。眠い。

のろのろ、のろのろと歩く。秋の夜は、澄んでいて、寒い。暗くて前が見えない。パトカーのヘッドライトが揺れる。隠れなきゃ、いけない。

 

海だ。

「冬は、死ぬ」といった表現が美しい。
「春は、犯される」のが正しい。

「夏は、 ー」

 

海の中の波がゆれる。夏は秋に××××される。答えが分からない。

 

懐かしいコンクリートが見えてきた。今夜はそこで、寝よう。

意味が分からない?

うん。

 

 

 

米津玄師は3回生まれ変わった

 

 

本当に?

 

 

音楽の理論も経験も乏しいので、アーティストの批評をした瞬間怖いインターネットに「あっこいつ浅いな......」などと殴られそうだけど、音楽に詳しい人がよく使う表現で表すなら『米津玄師は天才』だ。むしろこのシーンで奴に追随する才能を持ったアーティストが居ないのか、ロッキンオンジャパンもムジカも、奴のことをこぞって天才と、そう呼んでいる気がする。

私個人から見ればに奴は間違いなく天才で、圧倒的に天才。二郎とセイクで優勝より優勝だ。完全に時代を喰ってる。あと馬鹿と天才は紙一重という慣用句があるが、奴のMCがめちゃくちゃ馬鹿っぽかったのでやはり天才なのだろう。

 

だが奴の音楽遍歴を辿っていく途中で幾つか「ン...??ンン...?」となる箇所がある。(あッやっべ上から批評するとまた殴られてしまう)箇所があるように思われる。今回はそれを振り返っていきたいと思う

 

1,メジャーと米津の、違和感

【diorama期~サンタマリア】

 

学生の時分友人に「マジでヤベぇ奴が出てきた」とのことで、ニコニコで初めてゴーゴー幽霊船を聴いた時、私も「マジでヤベぇ奴が出てきた」という状態になった。いや憶えてない。当時奴は21歳、(あのパンダヒーローをリリースしたのは18歳時)その後急いでCD屋に行った。多分憶えてる。

そして奴の曲のジャンルが本当に分からなかった。当時ウィキペディアで奴の来歴を調べ、影響を受けたアーティストにバンプやラッドアジカンを挙げてるのを見て「どこに影響が残ってるんだよ。」ってなった。洋楽にルーツが存在するとしたら是非誰か教えて欲しいです。

 

というハチ時代、diorama期から2013年のメジャーデビューシングル「サンタマリア」からまず奴の音楽の形が変わる。というか一度死ぬ。

 

初見時、まず「なんか面白くないな??」ってなった。多分それは奴の不協和音の使い方に完全に慣れていて、サンタマリアの不協和音の少なさ、ピアノの清浄さに違和感を感じたんだと思う。後の2ndアルバム「YANKEE」の中で通すとそこまで違和感を覚えないのは「YANKEE」が明確なギターサウンドと電子音を取り入れたハチ時代を彷彿とさせる曲をやんわりバランスよく取り入れているからだと思う。だからdioramaの続きで「サンタマリア」を聴いた時の多少の落胆(メジャーに行って媚び売りやがっておいMVで顔出してんなおい)は当時周りの反応としてもあった。だが奴が天才なのは、先にも述べたが新たに生まれ変わった「YANKEEE」でdioramaのエッセンス、メジャーで求められていたエッセンスを絶妙に取り入れて、自分自身を天才と称される位置にまで持っていったことだと思う、多分奴はこれを計算してやっていない。それが怖い。

 

2,日和ったと思わせて後への布石となる展開

 

【flowerwall~アンビリーバーズ】

 

これはマジで怒ってた。勝手な思い込みで「YANKEE」でやってたことはあくまでメジャーでの実験的なことであって、すぐまたあの不協和音ブルブルでテレキャスがキュオーンなサウンドに回帰すると信じてたからだ。「flowerwall」では、より地に足が着いたようなメロディになって、歌詞も(よく分からないけど)文学的だともて囃されていたものではなく、ずっと分かりやすくて完結生のあるものになった。この時期にバンプとかラッドの影響を受けていますと言われればああ~~そうですねとなると思う。だが半年ぶりの米津玄師新曲、CMタイアップという話題性に加え、奴が積極的にライブや夏フェスを回り出したのもこの頃で、新規のフォロワー、雑に区別するならハチやdiorama期の楽曲を知らない人たちも奴の音楽を知るきっかけになっていった。あとライブで「flowerwall」の前半の歌詞ド忘れしてずっと棒立ちで立ってたの忘れないからな、私は根に持ってるからな。

そして同年の2015年「アンビリーバーズ」、この頃の巷は猫も杓子もEDM、お約束の三代目Jなんとかブラザーズから果てはバンプまでEDMに手を出し続け、奴もEDMの要素を取り入れた「アンビリーバーズ」を発表した。もちろん今までのボカロも広義のEDMだ。ここでのEDMはエレクトロでダンスするミュージックのことよ。

 

 

これはマジで怒ってた(これはマジで)

「flowerwall」から拍車がかかったようにやおい展開、わっかりやすいサビ、Cメロの俗っぽさなど、「ファンモンの新曲です!」って言われて渡されてもきっと分からなかった。いや、ファンモン知らんけど。とにかくこの曲に対しての反応が新規フォロワーにとっては"ポップソングの騎手、米津玄師のネクストステージ"だったのだが、古参のファンの間では相当な物議が醸されていた。当時のyoutubeのコメント欄やtwitterのタイムラインは酷かった、本当に。

そう、ここで米津玄師は二回目の死を遂げる。今思うと、この転換期は奴自身が過去の陰鬱な側面と決別するために、敢えて本格的なポップを作ろうとしていた時期だったのかもしれない。

 

余談だが、「アンビリーバーズ」の歌詞、古参の立場から捉えると相当な皮肉というか、感じるものがあるな。

 

テールライトに導かれて 僕らは歩いたハイウェイの上を
気がつけば背負わされていた 重たい荷物を捨てられずに

 

誰のせいにもできないんだ 終わりにしようよ後悔の歌は
遠くで光る街明かりに さよならをして前を向こう

 

(重たい荷物とは、我々の期待なのか?)

 

(遠くで光る街明かりとはボカロ時代の名声?)

 

 

 

そして一ヶ月後に3rdアルバム「Bremen」がリリース、この頃は本当に奴の才能が枯れてしまったのでは...?と思い込んでいて、まともに聴いてなかった。世間的に言うと、この頃から奴が天才と称され、稀代のカリスマとなったように思われる。なのでこの時に米津玄師は一度完全にボカロという古巣、内省的なセンスを捨て去り、J-POP界に憤然と殴り込めるレベルのアーティストとして生まれ変わったのだ。そしてこの転換が後への壮大な布石となったのだ。

 

 

3,完璧な伏線回収。やはり天才

【LOSER/ナンバーナイン期~これから】 

 

世間とルーブル美術館は米津玄師に甘い。

というわけであのルーブル美術館とタイアップ、いやいやお前のどの部分がLOSERなんだよと言いたくなるが私も2週間前にyoutubeに載ったばかりの新曲「LOSER」を恐る恐る聴いたのだ。

 

 

うわっなんだこれ!?ポップで腹たつのに全然惹き込まれる!!??

 

という初見の感想、だが繰り返して聴くとこれが絶妙にポップに振り切れてない。まず歌詞。このなんとも懐かしい卑屈さよ。なんか髪が長いボーカルが髪が長いことを歌詞にして歌うの、新鮮で面白いよね。イントロで続きが聴きたいと思わせる工夫、間の取り方の上手さよ。とにかく「喧嘩して出て行ったと思ったら、唐突にコンビニでアイス買って帰って来た彼女」みたいな唐突な懐かしみがあった。なんだこの例えは。

 

そしてyoutubeで新曲を聴いた人には是非CDの方も買って欲しいんだけど、3曲目がマジのマジでいい。本当にマジでいい。「笛吹けども踊らず」「鳥にでもなりたい」という2曲があって、奴の今までのシングルCDでしか聴けない曲なんだけど、「米津玄師を煮込んだ出汁の1番良いところだけを濾し取った」ような曲なんですよ、上に挙げた2曲と新しい3曲目は。本当にすごい曲なので聴いてください。あとシングルの3曲目が好きって言うと「あッこの人分かってる」って思われます。

 

話が若干それたけど、今回の「LOSER/ナンバーナイン」で米津玄師はまた死んだ。というか一度捨てた過去のものたちを拾い集めてめちゃくちゃ強化して帰ってきたというべきか。そして次のアルバムで確実に進化して生まれ変わるだろう。私個人の予想だと次のアルバムが今までで1番いいものになると思う。この死んでは必ず生き返ってきやがる米津玄師がめちゃくちゃ面白いので私は奴がめちゃくちゃ好きです。

 

f:id:nayuttttttt:20161003000007j:image

 

テレビのジョン

 仕事は終電近くまで続いた。そして2010年9月27日付け最後の列車も逃してしまった。俺は妻に今夜はタクシーで帰ることをメールして、くたくたになった体を上野駅3番ホームのベンチに沈めた。

 向かいのホームで昔聞いていたような歌を、歌っている若者がいた。ギターを必死になって抱えて。なんだか自分のことのような歌詞だった。

「   ーー人間という仕事を、クビになって、どれくらいだ」

 

 俺がまだ学生だった頃、サラリーマンがただただ不気味だった。奴らの感情のない目が、脂汗でてらてら光る額が、朝の電車に詰め込まれていくその集団が不気味だった。

 そんなものは人間じゃないと、思っていた。朝7時に家を出て夜の11時にへとへとになって戻ってくる。それが当然であるという認識についていけなかった。俺は甘えた人間だと、そう烙印を押された。就職活動はうまくいかなかった。今まで見下していた周りの連中がどんどんと有名な会社に内定を貰っていった。俺も知らない会社に就職した。結局次の年の春からは同じ目をして列車に揺られていた。俺は甘えていたらしい。酒をよく飲むようになったのはその頃からだ。

 

 のろのろとベンチから腰を上げて、改札へ向かう。週末の構内は誰かれが捨てた色々なゴミが目立った。誰かが残していった吐瀉物があった。地面に広がるそれを、ただ1人だけの清掃員が掃除していた。ふと顔が上がり、目が合う。深く刻まれた皺の窪みのような目だった。その清掃員は、ちょうど俺の母親くらいの年齢の老婆だった。老婆は俺と目が合うと、弱々しく笑って、少し頭を下げた。つられて俺も会釈をする。

「遅うまでお勤めご苦労様です。」

「え、いやあ。   ーーそちらもご苦労様です。」

 俺より年上の老婆に敬語で話しかけられて俺は、いたたまれなくなった。田舎の母親の顔が浮かんだ。こんな遅い時間に、こんなに老いた老婆が働かなければならないような何か事象が、あるのだろうか。老婆は酔っ払いにどやされていた。老婆は、いや彼女はへりくだって、すみません。すみません。と頭を下げていた。よく見ると、彼女は腰を痛めているようで、姿勢を低くするたびに苦しそうな表情が一瞬皺だらけの顔に浮かんでいた。なんとも言えなく、彼女の事が不憫に思えた。

「あの、その掃除、手伝いましょうか?」

 俺はたまらなくなって声をかけた。目の前で実の母親が焼かれているような苦しみだったから。

「いえいえ、私がやりますよ。お兄さんにこんな汚い仕事をやらせるなんてね。早く帰りんさいよ。明日も早いんじゃろ?」

と、彼女は笑った。無理をしている風には見えなかった。彼女にも、俺みたいな息子がいるのだろうか。その時、1時を知らせるチャイムがどこかで鳴った。上野駅の入り口には。役割を終えて死んだ蝉がたくさん、たくさん落ちていた。

 

「仕事。」と呟いてみた。あの老婆はこれからどうなるのだろう。なんだか俺は子供の頃に帰りたくなった。その頃よく見ていたアニメを思い出した。

 

 

「テレビの、ジョン。」

俺たちのBUMP OF CHICKENは死んだ。

 

間違いなく日本一だ。この頃の藤くんにレスポールで殴られて死にたい。

そしてヒロはチューニング治せ、あとギターソロを弾かせろ。

みんなバンプは好きかい、私は大好きだ。というより、ロックに、音楽に傾倒するきっかけを作ったのがバンプで、気だるそうな喋り方を真似だしたのもバンプからで、暗黒の学生時代を一緒に過ごしたのもバンプだった。大仰なことを真面目に言うのも恥ずかしいけど、バンプは私の人生を変えた。良い意味でも悪い意味でも。そういう人、多いんじゃないかな。

https://youtu.be/zATrOuOUu3E

 

この歌詞よ。何回人生繰り返したら出てくるんだよ。

 

歌詞で売ってるバンドはどうもありきたりで、嘘臭さが拭えないからあまり好きではないのだけれど、バンプの歌詞は上手くそこを抽象化させてて、かといって決して無機質な訳ではなく、一通りアルバムを通した後に何か大切な真理が分かった気になれる。僕のことなんかひとつも知らないくせに恐ろしいセンスだ。

f:id:nayuttttttt:20160907211442j:image

そして私が敬愛して最も尊敬するフロントマン、藤原基央の存在があまりにも大きい。人間本当に好きなものに対しては上手くものが言えないらしく、彼が如何に私の人生に影響を与えたのか説明し辛いが、一時はマジで藤原基央になろうとしてた。親の顔より見てた。ずっと猫背だった。いやそんな生半可なもんじゃないけどね。

 

 

 

そして、急に全く彼らの音楽に触れなくなった。興味が持てなくなった。

それはヒロがめちゃくちゃ丁寧なアルペジオ弾けるようになったり、贔屓目に見てもダサいEDMを作り出したのもあるけど。目に見えて彼らは死んだのだ。

バンプは魂を捨てた。彼らの一番大事な部分がいつの間にか消えてしまっていたのだ。わざわざ文字に起こしておいて何が駄目になったのかを音楽的に説明することができないんだけど、例えば彼らの最新アルバムの曲を他のアーティストや下手をすればアイドルグループがカバーしても何の遜色もなく耳に通ってくるだろう。それでいいのか?いいわけが無い。あの童貞臭い、汗臭い、パワーコードかき鳴らしてた粗いバンプはもう跡形もない。確かにそれは仕方ない。紅白にも出た以上幅広く支持されることをしなきゃいけないのは分かるが、私はそんな変わり果てた彼らの音楽なんて絶対に聞きたくない。時代とか歳のせいにして欲しくないし、そんなことを思っているのなら解散してくれた方がよっぽどありがたい。

一回だけでいいから生き返って欲しい。魂を叫んでくれよ。

 

 

 

あー、全然上手く言えなかった。

シコリティというものをんなの子が直々に教えてやる

どうもこんにちは、26%の健全なお兄様方にオナホにされつつあるBOT、んなの子だ。f:id:nayuttttttt:20160829200714j:image

 

 

今日は「エロとは何たるか!?エロは何で構成されているのか!?」を画像付きでお前たちに教えてやります。さっさと本題に行こう。

 

1:コミケでのシコリティ

 

行ったことねえよ。まずは正しいシコリティ例から見てみようf:id:nayuttttttt:20160829201403j:image

f:id:nayuttttttt:20160829201653j:image

「何がエロいんだよ!?もっとシコれよ!?」と仰るお兄様方の気持ち、よく分かる。だがコミケというステージにおいて私はむしろ単純なエロスより「男達にどう夢を見させてくれるか」ということを重要視したい。まずコミケでのエロが他のステージでのエロとどう違うかと言うと、写真加工の容易性にある。光を飛ばし、目を肥大化させ、骨格まで弄る。その結果完成した写真はもはや二次元。大脳が精子でパンパンに詰まってるお兄様方にはかっこうの餌食だ。その結果普通のエロを超越した「普遍的」なエロをコミケに見出すことができる。

失敗例もふせておこう。

f:id:nayuttttttt:20160829202042j:image

ボストロールの間違いかな?

 

 

2:自撮りでのシコリティ

 

ツイッターランドで最も氾濫するシコリティネタであろうナオンツイッタラーの自撮り。まさしく「ピンキリ」で、マジ女神からクソザコナメクジまでいる。

まずは正しいシコリティから見てみよう。

f:id:nayuttttttt:20160829202307j:image

f:id:nayuttttttt:20160829202316j:image

f:id:nayuttttttt:20160829202328j:image

エロい(確信)

先ほどのコミケでのエロスとは性質が大きく異なり、ここで最も大切なのが「汚さ」である。一見して相反するように思われる「エロス」と「ダーティ」だが、この汚さに深い意味があって、例えば画質。こと自撮りにおいては美麗すぎる写真は寧ろシコリティを損ねる。お兄様方もガッカリだ。適度な画質の荒さ、それに加えて要求されるのが「生々しさ」「サブカルメンヘラ臭」だ。これについても同様。今更広瀬すずの顔面自撮りなんか誰も興味ねえ失せろ。病んでる女の承認欲求を喰らい今日もお兄様方は女の子達にリプを飛ばすのだ。

では失敗例。f:id:nayuttttttt:20160829202801j:image

f:id:nayuttttttt:20160829202804j:image

決してブスではないところがポイント。だがシコリティは存在しない。

 

 

3:放送事故的シコリティ

 

特に説明することがない。f:id:nayuttttttt:20160829202908j:image

 

 

4:盗撮系シコリティ

 

犯罪です。

f:id:nayuttttttt:20160829202951j:image

f:id:nayuttttttt:20160829203007j:image

f:id:nayuttttttt:20160829203019j:image

まあ残念ながらこれは若さだろう。天然物のJKはそれだけで犯罪だ。当事者諸君は今すぐDMに自撮りを送りつけなさい。これはヤラセというか、AVの企画モノが非常に雑多なコンテンツで、お兄様方にもシコリティかアンシコリティの区別はつくと思う。

アンシコリティの例。靴下に時代を感じる。f:id:nayuttttttt:20160829203215j:image

 

アンシコリティって何だよ。

 

 

ちなみに最近見つけた企画モノにしては割と高シコリティな盗撮系シコリティ。

f:id:nayuttttttt:20160829204432j:image

 

 

5:神の領域(生活感シコリティ)

 

BOTが最も得意で最も愛するシコリティコンテンツである。何がいいかって?それは今まで述べたシコリティを全て含有するコンテンツだからだ。

f:id:nayuttttttt:20160829203602j:image

f:id:nayuttttttt:20160829203530j:image

もっと探せばBOTの画像欄に眠っているのだがざっと。画面と精子との距離が一番近い感覚を感じないか?そこに映るのはエッチな女の子ではなく君たちの精子。これから行われる精子。生活の中の精子。まあ画像欄を漁ってほしい。

これに近いコンテンツに「事後系シコリティ」も存在する。f:id:nayuttttttt:20160829203902j:image

f:id:nayuttttttt:20160829203910j:image

お兄様方達が唐突にベルトを外し出す音が聞こえる...

 

 

いかがだっただろうか?語彙力がゲロなので伝わらなかったかもしれないが、まあまあ私にもエロスとはなんたるかが掴めてきた次第だ。お兄様方にはこれからもっと高尚で下衆なシコリティを追求していってほしい。上原亜衣とか佐倉まなとかで満足するな。

 

 

おまけ:個人的に殿堂入りの画像達(んなの子から)f:id:nayuttttttt:20160829204317j:image

f:id:nayuttttttt:20160829204325j:image

f:id:nayuttttttt:20160829202333j:image

 f:id:nayuttttttt:20160829204455j:image